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経営者に聞く

新生・宿屋大学が描く業界発展のビジョン【宿屋塾】

新生・宿屋大学が描く業界発展のビジョン【宿屋塾】

宿泊業に特化したビジネススクール「宿屋大学」の運営と研修受託事業などを手掛ける宿屋塾(東京都新宿区)は、昨年7月、観光施設に特化した人材サービスのダイブ(東京都新宿区)の完全子会社となった。新体制となった「新生・宿屋大学」は、宿泊事業者向けの人材育成プログラムの企画・提供に力を入れていく。

代表取締役の山本拓嗣氏と宿屋塾取締役で宿屋大学代表の近藤寛和氏に聞いた。

 

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――ダイブが「宿屋大学」を展開する宿屋塾をグループに迎え入れた経緯・狙いは。
山本 ダイブは2002年の創業以来、リゾートバイト紹介事業などを通じて、ホテル・旅館に多くの人材をご紹介してきました。近藤さんとは8年ほど前に出会い、「宿泊業界で働く人を応援したい」という思いにシンパシーを感じ、たびたび宿屋大学と協働してきました。

昨年3月、ダイブは東京証券取引所グロース市場に株式上場しました。今後の成長を見据え、当社が紹介する人材の指導育成や、全国4600カ所の当社取引先への研修プログラムの提供など、 「人材育成」を切り口にした取り組みで業界の課題解決に貢献したいと考えていました。

近藤 宿屋塾は現在16期目ですが、創業当時から総支配人、マネジメント層の育成を強く意識してきました。「プロフェッショナルホテルマネジャー(PHM)養成講座」は、仕事を続けながらホテルマネジメントを学べる機会として、毎年約20名の卒業生を輩出し、今も全国で50名以上が現役の総支配人や経営者として活躍しています。

日本の宿泊業界は、コロナ禍を経て多くのプロ人材が他業界に流出してしまいました。にもかかわらず、ラグジュアリーホテルの開業が続いています。つまり、ヒトが減ってしまったのに、ハコばかり増えているのです。よって、金額に見合ったホテルのオペレーションの提供ができていないホテルが多いのが現状で、それができる人材の供給が急務です。

そうした業界の課題を直視し、宿屋大学としても事業パフォーマンスを上げていく必要性を感じていたところ、ダイブとなら思いを共有しながら経営面で一層の強化が図れると考え、ジョインさせていただききました。

山本 宿屋大学は座学研修だけでなく、受講者自身が課題を設定し、その解決策を考えるワークショップ形式の講座を重視してきました。

私たちは観光産業を日本における数少ない成長産業の一つと捉えていますが、成長のためには、特に「人手不足」と「労働生産性の低さ」という二つの課題に向き合わなければなりません。宿屋大学は、課題解決を推進できる人材を輩出し、「人材開発を通じた事業成長の包括的な支援」を行いたいと考えています。

近藤 「人材・組織開発の伴走者」みたいなイメージですね。
山本さんが挙げた課題については 「省人化」「効率化」が注目される傾向にありますが、特に生産性向上についてはサービスの体験価値を高める=価値向上による施策もあります。私たちは価値向上を実現する人材・チームの育成という形で課題解決に貢献したいと思います。

 

――具体的には。

山本 宿屋大学は、経営者から新入社員まで、あらゆるレイヤー(階層)に対応するプログラムを提供しています。また、提供方法として、広く参加者を募る「ビジネススクール」と、企業や行政などの依頼を受けて研修を提供する「人材育成プログラム」があります。

前者はPHM養成講座のほか、経営者向けの講座や実践的なテーマ別の専門ゼミ、ホテルマネジメント入門講座などがあります。後者は「次世代マネジャー養成講座」「ビジョナリー・リーダーズ・アカデミー」などの体系化されたプログラムを、カスタマイズして提供します。いずれもワークショップを多く取り入れ、実際の現場の課題に対応できるようにしています。

近藤 ダイブに参画して以降、人材育成プログラムには多数の問合せが寄せられています。

人材育成プログラムは、既成のカリキュラムをそのまま提供するのではなく、組織の課題や目標などをヒアリングしながら、カリキュラムや期間を個別に設計し提案します。課題を深掘りしていくと、そもそも経営理念や行動指針を明確にしたほうが良いのでは?というケースも出てきます。その場合はプログラムの提供にとどまらず、ビジョン・ミッション・戦略の策定支援や業務支援などを行う事例もあります。

 

――ホテル運営会社の組織規模は拡大しているが、人材教育は昔のままだったり、そもそも体系化すらされていなかったりする。

近藤 外資のホテル企業と違って、日系宿泊事業者は中小規模が多く、適切な教育環境が準備しにくいかと思います。ただ、近年は研修の重要性が徐々に認識されています。

山本 バブル崩壊後に新卒採用を中断したり、コロナ禍を機に、30代から40代にかけてのミドル層が軒並み流出するなどしたりして人材構造の不均衡が生じ、次世代のリーダー育成が急務になっているという事情もあります。

ミドル層の負担も増しています。経営層から期待される役割が多くなる一方、現場の従業員の価値観も多様になり、組織をまとめる難易度がいっそう高まっているにもかかわらず、マネジメントスキルを体系的に学べる機会が少なく、苦労しながらチームをマネジメントしている方が多いと感じています。自社で長年運用してきた教育プログラムがある企業でも、第三者の視点も取り入れたプログラムの採用や検討が有効だと感じます。

近藤 宿屋大学を通じて他社の人たちと交流し、その取り組みや考え方などを情報交換することも、非常に大きな学びの機会となります。同じ業界にいる人と交流し、情熱を持って仕事に取り組む人が全国にいることを知るだけでも、モチベーションアップに繋がることは間違いありません。
山本 宿泊業界でも中途採用やM&Aが活発になり、異なるバックグラウンドを持つ従業員が一緒に働くケースも増えています。そうすると、同じ企業にいながら従業員の価値観やベクトルが揃わない、という課題が生じる場合もあります。その際、従業員が同じ研修を受け、ディスカッションすることで、自社の理念やコアバリュー、ビジョンを改めて共有する機会にもなります。

 

――人材育成に関わることは、企業経営の根幹にも関わる。

山本 人材の流動化が進み、今後は海外人材などの登用も増えるからこそ、組織内で価値観を共有し、コアバリューを明確にすることの意義は大きいです。
また、宿屋大学の特徴の一つに「宿泊業に特化した研修プログラム」を提供できる点が挙げられます。学習内容と実務との適切な距離感から、実践的な学びや課題解決に繋がるヒントを提供できます。

私は今から30年ほど前、学生時代にホテルでアルバイトをしたことが、この業界に関わる第一歩でした。当時はバブル経済の名残があり、ホテルマンが人気職種だったこともあって、ワクワクしながら仕事をしていた記憶があります。今、観光産業の社会的な存在感は当時よりも高まっていますが、今の現役世代やその次の若い世代がワクワクを感じられる瞬間が現場にどれだけあるのか、疑問に感じるところがあります。

近藤 宿泊業界の就職先としての人気と、働く楽しさ・プライドを取り戻すことが、私の最大の願いです。観光産業が名実ともに日本の基幹産業になるためには、働く喜びや十分な所得の向上が必要です。宿泊業界の課題の根幹は「人手不足」よりも「働く魅力不足」にあるのです。

(国際ホテル旅館2025年4月5日号)