TOP INTERVIEW

経営者に聞く

気鋭の日本人シェフが率いる3つ星レストラン【Ta Vie旅】

気鋭の日本人シェフが率いる3つ星レストラン【Ta Vie旅】

香港の中心部・中環(セントラル)のブティックホテル「ザ・ポッティンガー香港」(THE POTTINGER Hong Kong)内に店舗を構える、日本人シェフ佐藤秀明氏によるイノベーティブ・フュージョン料理店「Ta Vie旅」。「ミシュランガイド香港・マカオ2024」では、同店としては2年連続となる3つ星を獲得した。フランス料理人としてキャリアを始めた佐藤氏が、紆余曲折を経てTa Vie旅を開店するまでの道のりを聞いた。

 

***********************

 

――フランス料理と日本料理、両方の調理を学んできた。

佐藤 軽井沢のフレンチレストランに10年ほど勤めていましたが、30歳を迎える頃、料理人としてのアイデンティティに悩んでいました。

自分の強みは何か、今後どのような道に進むべきか。将来を模索している中で出会ったのが「龍吟」の山本征治さんでした。山本さんは老舗料亭やホテルを経て、2003年に龍吟を開店。その後、スペインの料理学会に参加したことを皮切りに、日本料理の歴史や調理技術等を世界中に発信。料理のジャンルを超えて注目されていました。

イノベーティブな料理を生み出しながら、日本料理に対して深い造詣と高い技術力がある山本さんの話を聞き、「この人のもとで働いてみたい」と思うようになりました。一念発起し、まずはレストランが休業する冬季の2カ月間、研修の機会を得ることができました。

龍吟での経験は、目から鱗の連続でした。山本さんの料理は革新的で華やかな印象ですが、伝統的な日本料理の基本が徹底されています。私は毎朝、魚を〆ておろす作業を見学させてもらいましたが、同じ種類の魚を全て一括りに扱うのではなく、それぞれの個体差を見極めた上で調理法を変えていたことに衝撃を受けました。

食材一つひとつの個性に向き合い、その良さを引き出す調理をする。これをさらに突き詰めたいと考え、日本料理への転身を決断しました。2009年のことです。

――フュージョン料理(多国籍料理)が根付き、食材や調理技術のクロスオーバーも珍しくなくなってきたが、それでも、フランス料理と日本料理は対極なイメージがある。

佐藤 素材本来の足を引き出す日本料理と、複雑な調理工程と味わいを特徴とするフランス料理。おっしゃる通り、対極にあるかもしれませんが、その両方を活かしていくことが、まさに私自身のアイデンティティになりました。

日本料理は「ワイン」、フランス料理は「カクテル」に通じるところがあると感じます。ワインの品質や味はテロワール(ブドウ畑の土地の個性、風土)の反映であり、カクテルは材料の組み合わせとバランス、技法によって創り出される。どちらも、それぞれが美味しく楽しめますよね。

――2012年、「天空龍吟」シェフに抜擢されたことを機に、活動の場を香港に移した。その後独立し、2015年5月13日に「ta vie 旅」を開店、新しい挑戦に打って出た。

佐藤 ta vie旅ではフランス料理に重心を置きつつ、日本の調理技術を取り入れ、アジアの食材も積極的に取り入れています。

世界都市である香港は、美食の街でもあります。日本料理の人気も高く、大切な会食の場として日本料理店が選ばれることも多いです。最近は寿司店や天ぷら店等、専門店の出店も相次いでいます。

香港では、地理的な環境から、食材の調達は輸入に頼らざるを得ません。ただ、流通体制は非常に整っていて、当店でも日本の豊洲市場から週5便、フランスからは週2~3便のペースで食材を取り寄せています。

――佐藤さん自身が調理において特に重視していることは。

佐藤 genuine(本物の、真正の)であること、極めて本質的であること。食材の本来の味と個性を踏まえて、ベストの調理法を追求することを意識しています。

加えて、香港においては、一つの食材・料理についてより多角的に捉え、考えるようになりました。例えば、日本料理の春の食材として代表的な「ふきのとう」は、日本で生まれ育ってきた人にとっては苦みや香りを楽しめる一方、香港人や欧米人には理解しづらいように思います。世界中の人が集まる香港という街で、食材選びや調理法、料理の温度等、様々な試行錯誤を繰り返してきました。

――ta vie旅の開店翌年にはミシュランの星を獲得。今年は昨年に続いて2年連続で3つ星に輝いた。

佐藤 栄誉ある評価を頂けたことを大変嬉しく思っています。料理を食べる人の胃袋を鷲掴みにする、「また食べたい」と思われるような料理を作ることに対して、これからも正直でありたいと思います。

ta vie旅は私自身のキャリアを料理で表現する、ごくパーソナルな店だと考えています。この評価と経験を糧に、新しい街で、その土地の食材や調理法を取り入れた料理を提供する。そんな挑戦も模索していきたいですね。

(国際ホテル旅館2024年5月20日号)