TOP INTERVIEW
経営者に聞く
老舗旅館とまちづくり会社 蔵王温泉の活性化に向けてタッグ【Yuge】
享保年間創業の老舗旅館、蔵王温泉「深山荘高見屋」を経営・運営する高見屋旅館(山形県山形市)は、5月、蔵王温泉エリアの活性化を目的とした街並み整備事業に取り組む新会社「Yuge(ゆげ)」を設立した。都市づくりに関する事業計画・設計・運営等を手掛けるヒトトバデザイン(東京都渋谷区)と共同で立ち上げたもので、交流人口の増加と賑わいの創出を促し、蔵王温泉の活性化に繋げる取り組みを行う。設立の経緯とまちづくりのビジョンを、Yugeの代表取締役を共同で務める岡崎博門氏と井上貴文氏に聞いた。
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――蔵王温泉はスキー場と温泉街が隣接し、冬のスノースポーツや蔵王山の紅葉・樹氷が楽しめる。
岡崎 蔵王温泉は開湯1900年の歴史があるとされ、江戸時代以降は蔵王権現の参詣客で賑わいました。今も温泉はもちろん、蔵王連峰の登山・トレッキング、季節ごとの自然、スキーと様々なアクティビティが楽しめます。最盛期には年間250万人の観光客が訪れましたが(平成2年)、近年は観光客数が伸び悩み、年間の観光客数は100万人ほどにとどまっています。
特にコロナ禍の影響は深刻で、宿泊施設や飲食店、土産物店などが軒を連ねる「高湯通り」にも、シャッターを閉めたままの店舗が見受けられるなど、地場産業の衰退が顕在化するようになりました。
これに伴う弊害として、この地域を拠点に生活する人の減少も深刻な地域課題と捉えています。蔵王温泉の域内人口はピーク時の2割以下にまで縮小し、暮らしにくい環境になってしまうのではないか、という危機感を抱いていました。
この地域で生まれ育ち、宿泊事業に携わる者として、観光地としての賑わい創出と生活拠点としての住み心地の向上を両立したまちづくりについて、学生時代からの友人である井上さんに相談をしていました。
井上 私は外資系投資銀行で企業の資金調達やM&Aアドバイザリーを行った後、ハーバード大学デザイン大学院を修了、都市計画・デザインや国際学生寮ブランドの事業開発等を経て、昨年2023年12月にヒトトバデザインを創業しました。ファイナンスの視点に基づくまちづくりとお金が循環する仕組みづくりを構築してきた経験や、米国で取得した都市プランナーの資格に基づく海外事例の知見を活かし、国内各地で〝場〟の活性化に向けたプロジェクトに携わっています。
蔵王温泉についてはより一歩踏み込み、高見屋旅館との共同出資会社「Yuge」の設立に至りました。
蔵王温泉には、学生の時から岡崎さんに誘われて何度も訪れていました。豊かな自然環境と地域の皆さんの温かさに恵まれた素晴らしい場所だと思う一方で、まちに賑わいを取り戻したいと考える岡崎さんの苦悩もたびたび聞いていました。今回、岡崎さんの強い思いと覚悟に触れ、私もより主体的に課題解決に取り組むことを決断しました。
――第一弾として、高湯通りの玄関口に物販店と飲食店を出店する。
岡崎 直営の温泉饅頭処兼物販店をオープンするほか、日本各地で地域の食文化に根差した飲食店の立ち上げを手掛けてきた小川拓眞氏による「蔵王温泉食堂」を開業する予定です。今後も遊休不動産の利活用に資する多様な取り組みを企画・支援し、蔵王温泉の活性化に繋げたいと考えています。
――井上さんの視点から見た、蔵王温泉の魅力と課題は何だと考えるか。
井上 非常に優れた観光資源を持っています。温泉に加えて雪質も非常に良く、樹氷という蔵王ならではの自然現象もあります。蔵王山は古くから霊峰として崇められ、山岳信仰の文化も残っています。長い歴史の中で積み重なってきた様々な観光資源が、今も地域の多彩な魅力として残されています。
大型観光都市のように国内外の旅行者を広く受け入れる地域の存在も重要ですが、そういった観光都市とは対極の、独自の文化と歴史を長年守り続けている観光地の存在も非常に重要だと思いますし、それを後世に継承するためにも、岡崎さんが掲げる「観光地としての賑わい創出と生活拠点としての住み心地の向上の両立」に取り組むことが喫緊の課題になっています。
――岡崎さんの視点から見た蔵王の魅力と課題は。
岡崎 子どもの頃の高湯通りは、硫黄の香りと湯気が立ち込める道を多くの旅行者がそぞろ歩きしていて、地元の私から見てもワクワクするような活気に満ちていました。時代の流れとともに空き家・空き地がぽつぽつと見受けられる中、あのワクワク感をもう一度取り戻したい、という思いがあります。
井上さんが感じて下さった地域の多彩な魅力が見えなくなったり、消えてしまったりすることに対して、強い危機感を持っています。観光地としての再興を図る上で、旅行者の誘致はもちろん重要ですが、それと同じくらい、この地域を生活拠点とする人、暮らす人や働く人を誘致・定着させるような施策も重要だと考えています。
蔵王のまちづくりを持続的に進められるような若手人材・通年雇用人材の確保をはじめ、関係人口を増やしていけるよう、旅館経営と並行して、より大局的な視点から地域全体の活性化を図っていきたいと思います。
(国際ホテル旅館2024年11月5日号)